昨日(2026年1月16日)、NHKの「首都圏情報 ネタドリ!」という番組を見ました。
テーマは、近年話題になることが増えた「火葬待ち」の現状についてでした。
番組では、解説員の方が業界の状況を説明し、ゲストとして出演していた森三中の黒沢かずこさんが、ご自身の体験を交えながら、最近の葬儀事情について語っていました。

火葬までの時間
紹介されていたのは、ここ10年ほどで大きく変化した火葬までの待機期間です。
| 火葬までの時間(時期より変動) | |
| 2015年頃 | 1〜3日 |
| 2025年1月 | 4日〜14日 |
火葬までの間の時間の過ごし方
こうした「火葬待ち」の期間中、どのように故人と向き合うかが、その後の後悔につながることがある――
番組では、そうした例が紹介されていました。
特に印象に残ったのは、葬儀社の霊安室に故人を預けている間、
「好きだった物を供えられなかった」
「大好きだった自宅に、一度も帰してあげられなかった」
と、涙ながらに語る遺族の姿でした。
本来であれば、事情を伝えれば自宅へ搬送すること自体は、決して特別なことではありません。
それでも現実には、担当者の説明をそのまま受け入れ、結果として悔いが残ってしまうケースがあるのだと思います。
今は、葬儀そのものを経験したことがない世代も増えています。
「こういうものです」「こういう流れです」と説明されると、それに従うしかない――
そんな状況が、少なくないのが現実です。
火葬までの保管方法
番組では、火葬待ちの間に起こりうる問題として、ご遺体の保全方法についても触れていました。
- 遺体安置(保冷庫)
- ドライアイス
- エンバーミング
それぞれに長所・短所があり、解説員の方も説明していました。
ただ、この点については、どうしても一律には語れない部分があります。
というのも、これらの対応は、葬儀社ごとに考え方が大きく異なるからです。
特にエンバーミングについては、取り扱っているかどうか、体制があるかどうかで、提案のされ方が変わります。
大手の互助会系などでは、エンバーミングや湯かんをプランに組み込むことで、営業成績に直結する仕組みを持っているところもあります。
それが必ずしも悪いという話ではありませんが、遺族側が事情を知らないまま選択しているケースもある、というのが実情でしょう。
黒沢さんも番組の中で、
「基本料金があっても、実際には追加が発生することを知っておいた方がいい」
と、ご自身の経験を交えて話されていました。
私自身、この業界に長く関わってきましたが、エンバーミングが必要とされる場面は限られていると感じています。
海外で亡くなられた場合の搬送や、事故などでご遺体の損傷が大きいケースを除けば、日常的に行われるものではありません。
火葬待ちのためにエンバーミングを勧められるケースが増えている現状を見て、
正直なところ、「営業としては相当な説得力が必要だろうな」と感じたのが本音です。
番組後半では、核家族化や高齢化を背景に、葬儀の簡素化が進んでいるという話題にも触れていました。
葬儀の簡素化時代
直葬の違和感
確かに、費用面への不安や、過去の不透明な慣習への反発から、支出を抑えたいという流れは以前からありました。
ただ、葬儀そのものが大きく簡素化したのは、やはりコロナ禍以降だと感じています。
「直葬」という言葉が一般的になったのも、ここ数年のことではないでしょうか。
これはあくまで私個人の考えですが、
「人が生まれ、亡くなる」という、誰にでも平等に訪れる出来事に対する儀式が、必要以上に省かれていくことには、少し立ち止まって考えたい気持ちがあります。
それは、決してお金をかけるかどうかの話ではありません。
多くの人を呼ぶかどうか、という話でもありません。
故人に敬意を払い、静かに偲ぶ時間を持つこと。
そして、故人が家族だけでなく、社会の中でどんな関係を築いてきたのかを知ること。
以前は、葬儀の場で
「お母さんが引き合わせてくれたんだね」
「そんなこと言っていたんだ」
「お父さんが、そんな活動をしていたなんて知らなかった」
といった会話が自然に交わされていました。
そうした気づきが、遺された人の心を少しずつ整理してくれる――
葬儀には、そんな役割もあったように思います。
本来のお別れの形
一方で、番組の中では、とても印象に残る「お別れの形」も紹介されていました。
それは、ある介護施設で、施設の関係者自らが中心となって故人を見送った例です。
ご遺体は施設内に安置され、納棺から出棺までを、外部に任せるのではなく、日々関わってきた人たちの手で執り行っていました。
入所者の方々は、皆で折り紙を折り、それを花に見立てて棺に納め、心穏やかに弔っているようでした。
その様子を見て、私は率直に「素晴らしいお別れだな」と感じました。
特別なことをしているわけではありません。
けれど、そこには、故人と共に過ごしてきた時間や、人としての敬意が、きちんと形になって表れていました。
最後に
こうしたお別れの在り方も、本来は、家族だけでもできることなのだと思います。
「何か特別な手配をしなければならない」と思い込む必要はなく、
大切なのは、どう別れたいか、どう見送りたいかを、自分たちの言葉で考えることなのかもしれません。
この番組を見て、視聴者の方がどんなふうに感じたのか。
それが、少し気になりました。
だから今回は、あえて記事にしてみました。
どうか、大切な方とのお別れが、あとから振り返ったときに
「こうしてよかった」と後悔が少しでも少ない時間でありますように。
